私は今人生で3回目の告白を受けている。 1回目と2回目はそれぞれ中学校と高校で、じゃんけんで負けた人からだった。 OKした1回目の時は「本気にするなよブス」と嗤われ、 断った2回目は「調子に乗んなよブス」と嘲笑われた。 だからというかなんというか、 今回のように高級そうなレストランで、 綺麗な夜景を眺められる席で言われるのははじめてで、 とても面食らっている。 ずっと彼と一緒にいれたら幸せだろうと、 私だってそんな図々しい空想をしたことがないわけではない。 だけれど、彼も同じように想ってくれていたのはまったくもって想像していなかった。 というより、私の頭は自分が誰かから好かれるという想定を シミュレートできるようにはなっていないのだ。 人間は過去から学ぶ生き物なので、つまりはまあ、そういうことだ。 「…返事を聞かせてほしい。今すぐじゃなくてもいいから。」 何を言っていいかはわからないが、自分の顔がカーッと熱くなっているのはわかる。 目が潤んでしまう。涙が頬を伝う。 それは《感情の整理がつかない時に出る類の涙だった》。 これがもし喜びという感情だと認めたら、私はとんでもなく図々しい人間になってしまう気がした。 どうして私なんだろう? 彼のように明るくて楽しい人なら、私なんかよりもっといい人がいっぱいいるはずだ。 有り体に言うなら分不相応すぎる。 一生懸命想像してみる。彼と遊びに出掛けたり、服を選んだり、映画を見たり。 …それは《私にとって》魅力的で幸福に満ち足りた時間だろうというのはわかる。 空想の中でもハッキリと彼は笑顔で、楽しそうにしている。 《しかし他人の私が、どうして彼が本心から楽しんでいると決めつけることができる?》 他人の気持ちには人一倍敏感に生きているつもりだが、 自分を好きだという人の気持ちなんて想像がつかなかった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ その後、頭がボーッとしてどうやって帰ったのかすら定かではない。 確かなのは、私は彼の告白に返事をしなければならないということだ。 彼は私のどこを好いてくれているのだろうか? …さっぱり思いつかない。 …ひるがえって。私は彼のどこが好きなのだろう? 人を容姿で判断するのはあまりよろしくないが、彼の目鼻立ちは整っている。 スッと通った鼻筋に、深い青の瞳。あと…うなじ。うなじがとても素敵だ。 それに彼ほど優しい人間を私は知らない。 私が暗い顔をしていると必ず声を掛けてくれて悩み事を聞いてくれた。 あれだけ仕事ができる人なのに、威張っているような態度を見たことが無い。 仕事ができない私が少しでも役に立とうと始業より早く出社すると、 彼が先にいてオフィスを掃除していた時はとても驚いた。 どれもこれも、私の持ってない要素ばかりで、 ますます彼が私を好きだという理由がわからなくなってしまった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 彼を家に招く。これで3度目だ。 今にして考えると、女が男性を家に招くというのは世間一般で言う「デート」ということになるのだろうか? 私にとってみればとんでもなくおこがましい発想だが。(私の恋愛観は小学生で止まっているとよく言われる) 一番はじめに彼を招いたのは、確か昔遊んだゲームの話で盛り上がった時だ。 私の家にそのゲームがあって、今もたまに引っ張り出して遊ぶことがあるというような話をした時に 一緒に対戦しようということになったのだ。彼はわざわざ中古のコントローラを買ってきたようだった。 これから伝えるつもりのことは、冷静に伝える自信が無く、 とても外で言う気にはなれなかった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「“好き”って言葉…すごく嬉しい… けど…私じゃ全然釣り合わないよ…? 歳上だし、可愛くないし、家事もできないし… …休職してるし… わたしみたいなただのうんこ製造機より…きっといい人が見つかると思うの… …優しいから捨てられないんだよね…?でも私、あなたの負担にはなりたくないの…」 スッと言うつもりだったのに。こういうのを「面倒くさい女」と呼ぶんだろうなぁ。 涙がボロボロと溢れて止まらない。 彼は私のことを好きと言ってくれている。私も、彼が好きだと自覚している。 それなのに、私は自分への自信の無さから彼の好意を踏みにじっている。 泣くほど嫌なら断らなければいいのに。 そう思う一方で、やはり私にはこうすることしかできない。 彼の愛情にきっと嘘偽りなどないのだろうが。 生涯ひとりから愛情を受け取り続けるなんて私には荷が重すぎる。 彼の素晴らしい人生には私なんかよりもっと良い出会いがあってしかるべきで、 私のような人間はきっとそこに相応しくない。 いっそ私に幻滅してほしい。 どこまでも自分勝手な私をこれ以上見られたくはなかった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「俺が君のうんこまで愛せたら、これからも一緒にいてくれるか?」 「…え??」 「ただのうんこ製造機で構わない。君と一緒にいたいんだ」 その返しは想像してなかった。 咄嗟にしても自分のことを「うんこ製造機」と評したのはまあ… 我ながらひどいワードセンスだと思うが…それにしたって。 「うんこ製造機って何ww」とか、 「君はうんこ製造機なんかじゃない。もっと自信をもっていいんだよ」とか、 「そんな汚い言葉を使う人だと思わなかった」とか。 もっと他に言い方はあったのではないだろうか。 ただ、《私を卑下する私すら否定しなかったのは、彼がはじめてだった》。 「君のうんこだったら食えるよ。」 …いや、それは流石にどうなんだろう? ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 彼女の物憂げな紅い瞳が好きだ。 いつも自分の事より他人を気遣って傷ついてしまうその優しさが好きだ。 人に見えないところで役に立とうとする、努力家なところが好きだ。 そう思って一生懸命アプローチしてきた。 家に招かれるのならと、正直断られるとは思っていなかった。 うんこ製造機…「食って出すくらいしか出来ない無能」みたいな意味の スラングだけれど、彼女が自分のことをそう呼んだ時、より愛しくなった。 謙虚で慎ましい彼女を、僕は身勝手にも、もっと欲しいと願ってしまった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~